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From GSPA Vol.2

会計プロフェッション研究科
教員インタビュー

IFRSと大学院における
国際会計教育

鶯地隆継特任教授
青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科には、
国際的な会計基準の設定に貢献された教員がいます。
今回は、国際会計基準審議会(IASB)理事等を務められた
鶯地隆継特任教授にお話を伺います。
プロフィール
1981年神戸大学経済学部卒業、住友商事入社、主計部配属。米国会計基準による連結決算を担当、その後ロンドン駐在を経て、J-SOX・内部統制プロジェクトリーダー。2006年にIFRS(国際会計基準)解釈指針委員会委員となった後、2011年に住友商事を退職し、国際会計基準審議会(IASB)理事に就任。
2019年、IASB理事任期満了後、監査法人トーマツパートナーに就任。2020年に日本銀行金融研究所客員研究員(2022年迄)、日本証券業協会キャピタルマーケットフォーラム専門委員。
2024年4月より青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科特任教授。
鶯地先生は実務家教員でいらっしゃいますが、どのようなきっかけで会計の世界に関心を持たれたのですか。

私は大学時代に会計の勉強はしておらず、たまたま入社した住友商事という会社での配属が主計部だったので、それが会計との関わりの始まりでした。最初は全くつまらないと思っていたのですが、入社5年目に会計とはこんなに面白いものだったのかと思い始めました。

きっかけは米国会計基準(US GAAP)の担当になったことでした。その時に大変な衝撃を受けました。当時の日本の会計は単なる簿記の延長に過ぎなかったのが、US基準には取引の経済実態を捉え、実態どおりに表現するための哲学がありました。私は、その自由な発想に驚いたのです。細かい規則に縛られ、1円2円を汲々と計算している経理というものではなく、全体像を見渡して事の本質、経済的な実態は何かをしっかり考えるUS基準に触れたことによって、会計へのイメージが大きく変わりました。

US基準の「自由な発想」に触れたことで、会計の本質を考える面白さに気づかれたそうですが、その後のご自身のキャリアの中でどのような変化がありましたか?

当時のUS基準では年金会計や税効果会計など、新しい発想の会計基準が次々と発表され、基準が目まぐるしく進化していました。そして、そういった新しい基準を開発しているのが、財務会計基準審議会(FASB)という組織で、たった7人のボードメンバーだけで構成されていることを知りました。たった7人でこんな大事な世界を動かすようなこと決めているのかと驚きました。

その後、5年半のロンドン駐在を経て、日本に帰国し、再びUS基準を担当することになりました。ただ、その頃の日本は金融危機に直面しており、その原因の一つが日本の会計の後進性であるとの指摘があって、会計基準国際化の必要性が叫ばれていました。折しも、欧州連合の成立に伴って、国際会計基準(IFRS)が欧州の全ての上場企業に強制されるということが決まり、基準を作る方も、FASBの組織に倣って、14名の専任のボードメンバーで構成される国際会計審議会(IASB)が設立されることになりました。そして、日本の初代ボードメンバー(理事)に山田辰己(※)さんが選ばれました。山田辰己さんは住友商事のOBで、私が担当していたUS基準の前任者でした。身近にいた人が、遠い存在だったFASBの7人のメンバーと同じ立場になるということが信じられませんでした。ただ、山田さんがIASB理事になられたことによって、国際的な組織を身近に感じることができるようになりました。

※会計プロフェッション研究科教育課程連携協議会委員、2025年度後期集中授業「アドバンス会計Ⅲ」をご担当

その後、鶯地先生は山田氏の後任として2代目のIASB理事となられましたが、その経緯について教えてください。

IFRSの基準作成に関与する組織として、IASBの他にIFRSの解釈指針を作成する、IFRS解釈指針委員会という組織があります。その委員会の日本人の委員の任期が満了となった際に、日本から後任に立候補する人がなかなか現れず、このままでは日本が議席を失うという事態になりました。そこで、山田さんの勧めもあって、私が手を挙げたのです。IFRSのことをほとんど何も知らない状態でいきなり解釈指針委員会の委員になってしまったので、委員会に出席するのは本当に大変でした。キングファイル1冊分の英語の資料が1週間前に送られてきて、それを読みこなして英語で議論するのは大変なプレッシャーで、しかも、その時期は住友商事で内部統制プロジェクトのリーダーを務めていましたから、会社の業務の合間に会議の準備をしており、直前はいつも徹夜でした。

その後山田さんの任期が満了となり、その後任を選定するのにあたり、IFRS解釈指針委員会の委員をしていたという経験は大きな強みとなりました。そして香港や韓国から立候補していた有力な候補を制してIASBの理事に就任することができました。

会計実務の最前線でグローバルに活躍してこられた先生が、大学院の授業で学生に伝えたいことは何ですか。

私が学生に教えたいことは、「自分の可能性を自ら小さくしてしまわないように」ということです。専門職大学院はその名のとおり、専門職を目指す大学院ですが、資格受験の予備校ではありません。もちろん、資格を取得することは大変重要なことですから、資格取得のために猛勉強する意義はあります。ただ、資格はたくさんある選択肢の中のひとつに過ぎません。また、資格取得はゴールではなく、むしろそこからスタートになります。

私が学生に伝えたいメッセージは、若いうちに視野を大きく広げて、幅広く色々なことに興味を持って欲しいということです。会計には全ての経済活動を包み込んで説明するという機能が期待されています。ということは、将来それを担う皆さんは、ありとあらゆる経済活動のことを理解していなければなりません。つまり会計ということに集中してそれだけ勉強しても、その会計が扱う対象となる経済活動そのものがわかっていないと、何が正しいのか判断できないということが起こりえます。

実務家教員としての私の役割として、ともすれば視野が狭くなりがちな勉強をしている学生たちに、幅広く国際経済やビジネスの世界の広がりを理解してもらい、そういうことに興味や好奇心を抱いてもらえるような授業をしたいと思っています。

大学院で担当されている科目について、具体的に教えていただけますか。

例えば、私の授業で「会計戦略論」という授業があります。これは、実社会における様々な役割について、学生にロールプレイングをしていただく授業です。実社会では、経営者の立場、会計担当の立場、リスクマネジメントの立場、監査人の立場、投資家の立場、あるいはコンサルタントの立場など様々な立場のプレーヤーがいます。同じ経済事象に直面しても立場が異なると、意見が異なります。それを実感してもらうために、学生たちに実際にその立場の人間になったとして役割を演じてもらいます。具体的な題材としては、ある非上場企業が上場を果たし多角化した大きな企業に成長していく過程で、判断が難しい様々な問題について、それぞれの立場になって議論をしてもらうという授業も行なっています。

また、「会計事例研究I」という授業では、会計を貨幣や通貨という切り口から考察するという授業を行なっています。というのも、会計というものはあくまで情報提供技術の一つであり、経済を貨幣という比較可能な単位を用いて測定して整理するという技術です。一方で、ビットコインなどの暗号資産といった貨幣の新しい形態が出現している中で、会計がどう対応できるのかといったことを、授業に参加している学生と議論をしながら授業を進めています。

なかでも、先生が経験された国際会計という分野に関して、どのような内容の授業をされているのですか。

まず、「IFRS I・II」という授業があり、IFRSに関する一通りの基準内容をカバーします。他の大学などでIFRSについてどのような講義が行われているのかよく知りませんが、日本基準とこういうところが違うという説明をされている講義が多いのではないかと思います。私の場合は、そうではなく、自分自身が基準づくりに関わってきたので、そもそもIASBはこういう考え方に基づいて基準づくりを行なっているという観点に立って説明を行うようにしています。

また、IFRSの授業に加えて、私は「国際会計I」と「国際会計II」という授業を講義しています。「国際会計I」では、前半で500年前にイタリアで複式簿記が成立してから現代に至るまでの歴史について勉強します。私自身が会計基準について、世界の人と議論を戦わせた際に痛切に感じたのは、日本と欧米、特にアングロ・サクソンとは、会計に関する根本的な考え方が異なるという点で、それは会計に関する歴史的な経緯が異なるからだということです。そして、その歴史的経緯が異なる理由は、歴史の中で育まれた基本的な思想が異なるからです。例えば、イギリスではtrue and fair view(真実かつ公正な概観)という考えがあります。これは、会計基準に従って財務諸表を作成しつつ、もし基準が企業の状況を正確に反映していない場合は、基準を適用しないことが必要になる場合がある、あるいは基準に記載がなくても開示が必要になる場合があるという考えに基づいて財務諸表が作成されます。彼らは様々な議論を経てそのような考えに至っています。そのようなことをちゃんと理解しなければ、どうして会計基準が異なっているのかを本当の意味で理解することはできません。会計は単にルールだけではなく、生きた人間が真剣な議論を重ねて来た上に成り立っているのです。

「国際会計II」ではIFRSの「概念フレームワーク」を徹底的に精読します。「概念フレームワーク」は日本の会計基準においては、正式なものがないので、馴染みのない方が多いのですが、会計基準においては大変重要な文書です。この文書を徹底的に読み込むことによってIFRSへの理解を深めることを狙いとしています。

最後に、大学院に進学すべきかどうかを悩んでおられる学生さんに向けてのメッセージをお願いします。

もしあなたが、大学卒業を控えて、その後の進路について、今、真剣に悩んでおられるとしたら、あるいはすでに社会人になられて、もう一度学び直しをすべきか真剣に悩んでおられるとしたら、これからあなたが下す決断は人生の中で非常に重い決断となります。ですから、十分考えて、本当に納得のいく後悔のない決断をしていただきたいと思います。我々教員は、あなたが下された決断が重い決断であるということを十分理解した上で、その決断が間違ったものではなかったと思ってもらえるように全力を尽くします。GSPAは少人数教育を行なっています。周りにあなたと同じ決断をした仲間がいます。また、あなたよりも少し人生経験のある我々教員がおります。あなたの決断が素晴らしい決断になることを祈っています。

履修者Voice2024年度入学 キャリアアップ・コース 会計監査プログラム 中野美穂さん
1.鶯地先生の授業を受講した理由

私は会計および内部統制、M&Aに関連するコンサルティング・アドバイザリー業務に従事しながらGSPAに通っています。私がGSPAへの入学を決めたのは、複雑な企業の状況や取引を経営と会計の観点から適切に分析し、絶対的な正解のない中からより企業の実態に合った適切な処理をクライアントに提案するため、企業会計等に対する体系だった理解が必須であると考えたからです。

企業会計等に対する体系的な理解が特に必要と感じたのは、ポジションペーパー(以下、「PP」)を作成する場面です。PPとは企業が取引や事象について整理した内容に対して会計基準を当てはめ、適切な会計処理を決定し、関連する内部統制や業務プロセスに言及するものです。PPは社内での意思決定・説得のための資料であり、また監査人と協議し納得させるための役割があるため、より深い論理と説得力が必要となります。企業のポジションを論理的に強固なものとするためには、J-GAAPは勿論のこと、IFRS、US-GAAPの基準や、それぞれの基本的な考え方への理解が不可欠であると深く実感しました。そこで日本を代表する総合商社の一つである住友商事における実務のご経験と、IASBの理事を務められ、概念フレームワークや、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」、IFRS第16号「リース」などの制定に直接関わられた鶯地先生の授業を履修したいと考えました。

2.受講してみての感想

これまで国際会計Ⅰ及びⅡ、IFRSⅠ、会計戦略論を単位取得し、現在は会計事例研究Ⅰを履修しています。鶯地先生は学生の学びのため、インプットとアウトプットのバランスを重視されていると感じました。

国際会計Ⅰ及びⅡ、IFRSⅠでは、会計の発祥・発展の歴史から現在に至るまでのトレンドの変遷、その背景となる社会的事象や、各国の歴史的背景に起因する立法理念の違いを学び、会計事例研究Ⅰにおいては、貨幣・通貨に焦点を当てることで、仮想通貨等の新技術の展開を考え、現在の基準は過去から未来に向かう一つの通過点であるという俯瞰した視野を得ることが出来ました。

会計戦略論では、ロールプレイを通じて、企業の成長戦略における選択肢の比較衡量、潜在的リスクの評価と対応、顕在化した問題への対処方法の検討といった、正解のない問題に対し、自分のポジションを決めることで、優先すべきことが変わり判断が変容することを再認識する大変有意義な講義でした。鶯地先生の実務のご経験から作成されるケーススタディは、会計理論だけではなく各当事者の立場や入手できる情報の制約といった、実務で発生する課題を含んだ非常に噛み応えのあるものばかりで、決して容易ではありませんでしたが、学びの深さと達成感に満ちた意義ある時間となりました。

鶯地先生の授業は会計の本質を深く理解し、複雑な現実に向き合うための思考の地図を広げる貴重な機会ですので、実務経験の有無にかかわらず受講をおすすめします。

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