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教員インタビュー
IFRS策定の経験を通して
山田辰己客員教授
必ずしもポジティブな動機ではありませんが、学生生活が当初抱いていたイメージと離れていたからかもしれません。私は北海道の旭川出身で、縫製工場を経営する両親の姿を見ながら育ちました。広い世界への憧れが強く、高校は故郷を離れ、函館ラ・サール高校へ進学しました。
家業の影響を受け、大学は慶應義塾大学商学部に進みました。喜び勇んで上京したものの、学園紛争の残滓が残るキャンパスでは授業も少なく、キャンパスの雰囲気にも馴染めずに落ち込んでいました。そうしたこともあって、2年生のときに人生を支える資格として、公認会計士を目指すことを決意したのです。大学ではゼミと会計士試験の受験ための専門学校のダブルスクール生活を送り、合格したのは4年生のとき、2回目の挑戦でした。
3つの選択肢がありました。公認会計士として監査法人に勤務、一般企業への就職、大学院への進学です。本当は大学院で研究を続けたかったのですが、たまたま商社希望の友人と一緒に面接を受けたら、内定をもらいました。そこで、1976年に住友商事に入社して経理畑へ進みました。当時、主計部と呼ばれていた部署で、18年間にわたって財務諸表の作成や単体決算、連結決算などの実務を担当しました。
1987年からは、ロンドンの金融子会社に駐在しました。34歳のときです。15歳で故郷を後にしてから約20年、仕事の場がグローバルに広がり始めていました。一方で、英語には苦労していましたね。『TIME』誌で学んでいた英語も、英国駐在時代にようやく人並みになりました。

1990年、当時の大蔵省によって設立された財団法人 企業財務制度研究会(COFRI)に出向しました。その後、縁あって当時の中央監査法人に転職しました。商社時代の実務から、会計監査へのキャリアチェンジです。1995年、43歳のときに国際会計基準委員会の日本代表として、年4回開催されるIASC(※1)の会議に出席するようになりました。その後、2001年のIASB(※2)設立に際して初代理事に選出され、米国を除く世界140カ国で採用されているIFRSの策定を10年にわたり担いました。
はい。14名いる理事の一人です。IASCで活動している中で、私を評価してくれるメンバーがIASB理事に立候補するように背中を押してくれたのです。米国のFASB(※3)のメンバーやカナダのメンバーからは「君がIASBの理事に立候補するなら推薦するよ」といってもらいました。英語については、正直なところ辛い思いをしていましたが、海外のメンバーも認めてくれたことはうれしく感じました。
「同僚のボードメンバーと理解しあうこと」でしたね。自分が何を考えているかを理解してもらえるような関係作りが大切でした。また、14名のボードメンバーの中には、実質5〜6人で国際会計基準づくりの方向性を決めるインナーサークルがあったのですが、その中の一人になれたことが大きかったですね。IASBが置かれている政治的状況を理解し、公共の利益のためにどのような戦略で会計基準を作るべきかという視点を学びました。
(※1)IASC:International Accounting Standards Committee(国際会計基準委員会)
(※2)IASB:The International Accounting Standards Board(国際会計基準審議会)
(※3)FASB:Financial Accounting Standards Board(米国財務会計基準審議会)
相手のロジックに翻訳して伝えるスキル
「論理的に意見を言えるかどうか。本質を押さえて何が重要か」をしっかり捉えることでした。 会議室では、会計基準の細かい点まで踏み込んで議論することが多々あったのですが、時々ボードの議論が「なんか論点がずれてるな」と思うことがありました。そこで手を挙げて「議論テーマと今の議論は方向が違うのではないか」と指摘することがありました。私自身は議論に深く関与できないのですが、大局からの指摘が、議論の方向を是正し、私の意見が評価されることが多々ありました。任期の後半の数年は、私が手を挙げるとみんな注目してピリピリしていましたね(笑)。
そもそも、グローバルの世界では、意見の相違が当たり前です。一致する方がおかしい。「生まれも育ちも食べるものも異なるのに、なぜ意見が一致するんだ」と。だから満場一致だと「なんか間違ってないか?」と思います。
例えば、食事の例がわかりやすいかもしれません。海外ではアラカルトから自分の好きなメニューを選択しますね。ですから皆、料理が違う。一方、日本の料亭では、全員に同じ料理が供されて、黙っていただきます。つまり、海外では「あなたはどうしたいのか?」ということが常に問われるのです。
こうした環境での調整と合意形成に大切なことは「相手がわかる論理で話をする」ことです。自らの主張を相手のロジックに落とし込んで説明することです。また、意見の違いと人間関係は完全に切り離すこと。これが国際社会の常識です。もちろん、丁々発止でやり合ったメンバーとは今でも家族ぐるみのお付き合いをしていますよ。
日本の会計基準は「細則主義」、IFRSは「原則主義」という根本的な違いがあります。日本は細かいルールで判断を明確化する一方、IFRSは基本原則を示してそれを様々な状況に適用する考え方です。国際会計基準の原則主義では、例えば収益をいつ認識するかに関して、「履行義務を果たした時に売り上げを計上する」という原則を明らかにしています。この原則を用いることによって、多様な契約形態をとる複雑な契約でも、いつ売り上げを認識好きかを判断することができるようになります。
また、暖簾(のれん)の償却については、日本基準と海外基準には大きな隔たりがあります。日本基準では暖簾を償却しますが、国際会計基準では暖簾は償却しません。会計基準に対する根本的な考え方の相違となっており、現在でも政治的課題となっています。
矜持と会計専門職としての使命とは
公認会計士の資格が、会計専門職としてのグローバルでのキャリア形成を支えてくれました。公認会計士による監査業務は国家が認めた事業として保護されています。また、資格の価値が目減りすることもありません。一般的に企業では高齢化とともに社員の価値は低下しますが、公的な資格があれば自分の価値を保ち、長い職業生活の主役として社会に貢献できると思います。
減価償却や定額法など、知識を持つことは不可欠です。一方で、「なぜこうした会計処理が必要なのか、その是非は」といったことを自分の頭でしっかりと考え、「自分ならこう考える」という軸を持つことです。会計基準が何のために必要なのかを理解することが大切です。
公認会計士は、ある意味特殊な職業です。監査証明を出す企業から報酬をいただく一方で、「間違っていることに対しては、はっきりと間違っている」と指摘しなくてはなりません。公認会計士としての倫理観、プロフェッショナルとしての矜持が不可欠だと思います。
本研究科が他の受験校と異なる点は「受験だけに特化していない」ことだと感じています。もちろん受験指導は行いますが、会計プロフェッショナルとして生きていくために広い視野を教えています。私が担当する講義では、日本の会計基準にも大きな影響を与えるIFRSだけでなく、サステナビリティに関する情報開示など、幅広い知識を学べる点が特徴です。ここで学ぶことで「事業活動を一番適切に表す会計処理とは何か?」を常に考えられる人になってほしいと思っています。

まずは「健康第一」です。「無事これ名馬」という諺がありますが、たとえ優れていたとしも、走り続けることができなければ、夢を実現することはできません。自分の役割を社会で果たすためには何よりも健康であることです。
次に、「悪い情報はすぐ上司に報告すること」を心がけることが大切です。監査の仕事は必ずしも良いことばかりではありません。すぐに上位の役職者と問題を共有することが大切です。
最後に、国内の視点だけでなくグローバルな視点を持ってください。「意見は異なっていても構わない」という考え方のもと、意見の違いを越えて信頼関係を作って欲しいと思います。関係を作れる。世の中には、ルールを作る側とルールを押し付けられる側があります。みなさんにはグローバルな会計基準を作っていく立場になってほしいと思います。ぜひ公認会計士は税理士という資格を獲得して、これからの日本を支え、グローバルな視点で活躍して欲しいと思います。