青山学院大学大学院 会計プロフェッション研究科 GSPA
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教員リレーエッセイ Vol.2(2012.11.10)

海外で稼いで、国内で使う時代?

青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科 教授
佐藤 正勝

1.海外での利益は、日本に還流しても課税なし!
 海外での利益を日本に還流した場合、2009年度までは次の例のように、日本に利益を還流(配当)したとたんに、日本親会社の税負担が常に40%まで上昇することになっていた。

[例:2009年度までの制度]
 X国にある海外子会社乙が利益100を日本親会社甲に対して配当する場合、まずX国では、配当100の所得者たる甲に対して、(乙による配当支払時に)源泉徴収税10を課税する。さらに、甲はこの配当100を受領後日本税法でも課税されていた。具体的には、日本の税率約40%(国税地方税合計)が適用され、40という税額がいったん計算される。ただし、X国で甲が納付した10の外国税額控除が認められるので、残りの30だけを日本で納税する。この結果、甲の全世界税負担額は、X国での10だけでは終わらずに、日本での追加納税30を加え、合計40に上昇していた。

[2010年度導入の制度]
 「海外子会社に留保された利益を日本の親会社に配当した場合、その受領配当に対しては日本での税負担を求めない」という制度(外国子会社配当益金不算入制度。以下「本制度」という。)が、2010年度から導入されている。導入された政策上の理由は、「日本企業の海外留保利益の国内還流を図る」ことであった。

(注)本制度の技術的説明
 本制度では、受領配当額の5%だけは益金算入される。その理由は、配当100を得るのに要した費用がすでに配当受領会社の損金に算入されてしまっている点にある。すなわち、その費用の額を受領配当額の5%と(政策上)みなして、収益と費用ともに課税のらち外に置くための技術的措置である。

2.日本で課税されないなら、次は、何を考えるべきか?
 日本での追加的な税負担が一切発生しない制度になったことで、ある企業グループの全世界税負担は、海外子会社等が海外で負担した税額だけで最終となる。すなわち、日本税法は、企業グループ全体の税コストの高低には、もはや全く関係がなくなったことを意味する(海外で活動した所得に関する限りにおいて)。
 ならば今後、日本企業はどのように行動するべきだろうか?この問題の本質は、税負担自体が一般に日本より海外のほうが低いという点にある。この点を念頭に、以下考える。
 まず、第一に、グループ全体の所得のうち、より多くの部分を日本でなく海外で稼ぐ戦略を採ることになる。具体的には、その企業グループの所得全体例えば1000を、日本:海外=600:400でなく、日本:海外=300:700などの割合で稼ぐ行動を採る。具体的には、税以外の話としては工場、無形資産等の海外移転を図ることになるが、税マターとしては、移転価格戦略を正しく用いて、適正な所得を海外関連会社に移転することになる。
 第二に、海外で稼ぐ利益全体(例えば、700)を、なるべく税負担の低い国々で稼ぐ戦略を採ることになる。具体的には、税以外の話としては、労働やインフラの質、言語、アクセス、政府規制等の要因が重要となるが、税マターとしては、税負担のより低い国に、しかも日本のタックス・ヘイブン対策税制の適用要件を回避可能な地域に、グループの機能とリスクの多くを配置することになる。

3.多くの日本企業が海外にいくと、日本は沈没?
 以上のことから、「今後は日本でなく海外で活動し、かつ、海外での税負担を低める」ことこそが企業のとるべき行動であるとの帰結となる。すなわち、本制度は、日本企業を海外に追い出す効果を有していることになる。この効果が存在する限り、日本で活動する日本企業の数は、「理論上」はゼロ社になる。しかし、それでは日本は沈没してしまうので、対策が必要である。例えば、日本では税負担が発生しないのだからどんどん日本に還流してもらい、日本国内で高度な事業や、R&D活動に投資してもらうことで、日本沈没を回避することが現在主張されている。その方向性は不可避である。しかし、税政策としてはまだ足りない。なぜなら、国内に還流した利益で国内で活動(R&D活動を含む)をする限り、長期的には日本国内に無形資産が帰属する等を通じて国内で所得が生じてしまう(すなわち、この国内所得に対して前述と同様の40%の税負担が発生する)からである。

4.究極の解決策は?
 税制上の究極の解決策は、税負担の面で、外国に比して日本がより魅力的な国になることである。極端な話、日本がタックス・ヘイブンになることこそが、究極の解決策であるという人もいる。日本の税率の高いことが、日本から海外へ進出する要因の一つであることを踏まえると、この主張は正当である。例えば、法人税率をみると、香港、シンガポール、台湾が17%前後、中国、韓国が25%前後という低い現状にある点を直視しなければならない。なお、「日本」企業が海外から日本へ利益還流する側面だけでは、日本経済の活性化には不十分である。すなわち、「外国」企業による日本への進出や直接投資が必要である。なぜなら、日本からの対外直接投資額に比して、外国から日本への直接投資額が三分の一程度にとどまるという現実があり、この現実は、外国資本にとって日本市場に障害があることを示しているからである。その障害の一つに、日本の高税率の問題があることに疑いはない。すなわち、税制上の解決策は、日本の法人所得課税負担を下げることにあるのは、明らかである。

佐藤 正勝(さとう まさかつ) 大蔵省(現財務省)、国税庁等勤務、亜細亜大学教授、UC Berkeley客員研究員を経て、現在青山学院大学大学院教授。
専門は租税法、国際租税法。著書は、「佐藤正勝基本テキストシリーズ国際租税法 基礎編改訂版」、「Q&A 移転価格税制―制度・事前確認・相互協議―」等がある。

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