青山学院大学大学院 会計プロフェッション研究科 GSPA
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教員リレーエッセイ Vol.11(2022.01.26)

しっかり準備をしよう!
―次代の会計プロフェッションへのメッセージ―

青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科 教授
蟹江 章

 われわれは、今、VUCAの時代に生きているといわれる。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)およびAmbiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語であり、これらの要因によって未来の予測が難しくなっていることを意味する。現代の社会・経済活動は、過去よりも未来に大きく依存することで、未来の予測という難しい問題に直面している。こうした時代にあって、会計プロフェッションを目指す者には何が求められるのだろうか?

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 東北地方の太平洋沿岸地域に甚大な被害をもたらし、多くの尊い命を奪った東日本大震災から10年余りの時が過ぎた。日本列島は「地震列島」と言われ、いつどこで甚大な被害をもたらす巨大地震が起きてもおかしくない。しかし、残念ながら、人類の叡智をもってしても、地震を予防することはもちろん、いつ、どこで、どの程度の地震が発生するかを予知することすらできていない。
 東京電力の福島第一原子力発電所では、マグニチュード9.0という巨大地震にともなう巨大津波に襲われ、原子炉の炉心溶融という未曾有の重大事故が発生した。当時、福島原発の事故に関して、東京電力は、「想定外」の大地震と巨大津波に襲われたことが原因であり、事故は予見できなかったし防げなかったと主張した。しかし、専門家は、東京電力に対して、再三にわたって巨大津波を想定した備えの必要性を指摘していた。また、同じ東北地方の太平洋岸に立地する東北電力の女川原子力発電所は、巨大津波を想定して海抜15メートルの高台に建設されたことによって、重大な被害を免れている(久保利英明『想定外シナリオと危機管理』商事法務、2011年)。福島原発事故は、果たして本当に「想定外」の出来事だったのだろうか?

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 同じ地域で発生した地震や津波を、東京電力は「想定できなかった」という意味で「想定外」といっているようだが、東北電力は想定してこれに備えた。この違いは、そもそもの問題が「できるかできないか」ではなく、「するかしないか」にあるということを示しているのかもしれない。もちろん、あらゆる事態を想定することはできなし、結果的に想定しきれないこともある。想定したからといって、いつでも備えをすることができるわけではない。
 しかし、都合の悪いことは端から想定することを避けて(「想定外」に置いて)目を背けるという姿勢では、起こってしまったことへの対処が後手に回り、大きな被害や影響を被ることになりかねない。「失敗学」で有名な畑村洋太郎氏は、「起こった後のことを想像できる人だけが真の対処ができる」と述べている(畑村洋太郎『未曾有と想定外:東日本大震災に学ぶ』講談社、2011年)。失敗はあるし、事故も起きる。問題は、失敗や事故に適切に対処し、迅速にリカバリーができるかどうかである。そのためには、起こり得ることは必ず起こる、すなわちリスクはゼロではないと考えて、常日頃から失敗や事故、さらには非常事態とそれらへの対処法に思いを巡らせておく必要があるだろう。

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 「リスク」という語は、今では目や耳にしない日がないほど見慣れ、聞き慣れたものとなっており、会計や監査の世界でも頻繁に使われている。リスクは、一般的には悪いことが起きる確率として理解され、回避したり低減させたりする対象である。
 リスクの大きさは、一般に、事象の発生確率と発生時の影響の積として測定される。リスクの発生確率と影響の大きさが線型の関係にあると仮定すれば、発生確率が高いほど、また、発生した場合の影響が大きいほど、リスクは大きいと評価されることになる。そして、その上で、発生確率が低く影響の小さいリスクは、取るに足らないものとして無視されるか、十分にコントロールされ顕在化する可能性は低いとみなされる。一方、発生確率が非常に高くかつ影響が極めて大きいリスクは重大なリスクとみなされることになるが、それはもはやリスクというより直ちに対処すべき「危機」である。
 注意すべきリスクは、いわゆるテール・リスクである。テール・リスクとは、顕在化する確率は極めて低いが、ひとたび顕在化すれば計り知れない重大な影響や損害をもたらす恐れのあるリスクである。例えば、巨大地震やパンデミックのリスクはテール・リスクだと考えられるが、その発生確率と影響の関係は冪乗則にしたがうと考えられており、線型を仮定して測定すると過小評価される恐れがある。しかし、一方で、テール・リスクはそもそも発生確率が低いのだから、これに対してあらかじめ何らかの備えをするためには、相応の機会費用の発生を覚悟する必要がある。

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 現代のビジネス活動は未来に依存する部分が増している。未来は常に都合よく展開するとは限らないが、不都合な事態にも目を背けず未来の事象を幅広く想定し、それに適切に備えられるか、また、重大な結果を招来するリスクを的確に識別・評価して適切に対処できるかが、ビジネスの成否の鍵を握るということができよう。そして、それは、社会・経済を健全な発展に導く一つの重要な要因でもある。
 会計プロフェッションには、一つの役割として、未来事象の想定やリスクの評価などについて、職業的専門家としての知識や経験に基づく助言が期待されるものと思われる。このとき、職業的専門家には、なぜそのような想定が可能であり合理的であるのか、あるいは逆に、なぜ特定の事象や事態を想定外に置くのかについて、論理的で説得力のある説明が求められる。リスクの識別・評価についても同様である。
 説得力のある説明をするためには、幅広く収集したデータや情報を客観的に評価し、自らの頭で考えて論理を組み立て、自分自身の言葉で語る必要がある。自分の言葉で説明するためには、説明する対象についての深い理解が必要であり、説明対象を意識した十分な準備が必要である。
 本当に理解できているか?準備は十分か?自分に嘘はつけない。会計プロフェッションを目指す皆さん、しっかり準備をしよう!

蟹江 章(かにえ あきら) 青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授。 愛知大学法経学部卒業、同大学大学院経営学研究科修士課程修了、大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。 弘前大学人文学部講師・助教授、北海道大学経済学部助教授、同大学大学院経済学研究科助教授・教授などを経て、2020年4月より現職。博士(経営学)。 放送大学客員教授。日本学術会議連携会員。

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