教員リレーエッセイ Vol.14(2024.11.15)
公益法人制度改革と会計プロフェッション
―次代の会計プロフェッションへのメッセージ―
青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科 教授
古庄 修
1 民間が支える社会を目指す
様々な社会的課題の解決に向けて、「公助」・「共助」・「自助」の連携の在り方が問われる中で、非営利組織の役割・期待は益々高まっている。とりわけ、現在進行している公益法人制度改革は、民間公益の担い手たる公益法人が、社会によって支えられ、また社会の中でその使命(ミッション)を達成していくことを求めて、財務規律の柔軟化等を通じて各法人の自律的な経営判断が尊重されるとともに、透明性と信頼性をさらに高める仕組みへの見直しが行われている点で注目されている。
かかる観点から、公益法人のガバナンスの実効性と事業運営の効率性・健全性を確保するために社会的監視の一翼を担いつつ、他方で公益法人の発展に寄り添う会計プロフェッションの働きが一層求められることになるであろう。
ここに公益法人とは、「民による公益の増進」を図ることを目的として設立された法人である。すなわち、「一般法人法」に基づき「準則主義」によって設立された一般法人について、「公益認定法」に基づいて、内閣府もしくは都道府県に設置された民間有識者により構成される合議制の機関である公益認定等委員会もしくは審議会が、厳正な審査のもとで認定した法人が公益法人となる。また、認定後においても法に定められた認定基準を満たしていることを確認する必要があるため、これまで法人に対して定期提出書類の提出および立入検査等が求められてきた。
内閣府の2023年度の調査によれば、日本の公益法人数は9,672法人であり、そのうち社団法人が4,171法人、財団法人が5,501法人である。職員数は約29万人、不特定多数の者の利益の増進に寄与することを意図した法人の公益目的事業費用額は年間5兆円に及ぶ。
2 新しい時代の公益法人制度
今般の公益法人制度改革は、各主務官庁による「許可」制度を廃止し、現行の制度的な仕組みが出来上がった2006年以来の大きな改革である。
「新しい時代の公益法人制度の在り方に関する有識者会議」の最終報告書(以下、「報告書」という)が発表されたのは2023年6月のことであった。同会議は、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」および「経済財政運営と改革の基本方針2022」に基づき、民間による社会的課題解決に向けた公益的活動を一層活性化し、「新しい資本主義」の実現に資する観点から、公益認定基準をはじめ制度の在り方を見直し、制度改正および運用改善の方向性に係る検討を行うものであった。
2024年5月の通常国会において公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律および公益信託に関する法律が原案通り可決・成立した。「報告書」に示された基本的な方向性に沿って、内閣府公益認定等委員会の下で開催されてきた公益法人の会計に関する研究会(以下、「研究会」という)から、新制度に整合した公益法人会計基準の改訂・公表に向けて、2024年5月には「令和5年度 公益法人の会計に関する諸課題の検討状況について」が公表されている。
内閣府は、制度改正のポイントとして、①より自由な資金活用を意図した収支相償原則・遊休財産規制の変更を伴う財務規律の柔軟化・明確化、②より柔軟な事業展開のための行政手続の簡素化・合理化、③外部理事・監事の導入を含む自律的ガバナンスの充実や透明性の向上を掲げている。
3 会計基準の見直しの方向性
これを受けて、「研究会」は、公益法人会計基準の見直しの必要性ないし意義として、①財務規律の柔軟化・明確化に伴う法人の説明責任として、財務諸表における開示の拡充を図る、②改正法により、公益目的事業財産の状況の可視化および公益目的取得財産残額の把握方法の簡素化を含む区分経理(公益目的事業、収益事業等、法人運営の3区分)の実施を原則化する、③定期提出書類については簡素化する、④公益法人のステークホルダー等の多様化に対応して財務諸表全体をわかりやすいかたちに見直すこと等を説明している。
また、会計基準の見直しの方向性として、①貸借対照表の本表においては流動資産・固定資産の区分を表示し、従前の基本財産・特定資産は注記で区分する。使途拘束資産(控除対象財産)[資産]、一般純資産・指定純資産[純資産]を注記等で区分する。内訳表は注記事項とする、②正味財産増減計算書の名称を活動計算書に変更し、本表では一般純資産・指定純資産を区分せず、純資産全体の増減を経常活動・その他活動に区分する(わかりにくさの要因であるいわゆる振替処理は廃止する)。費用科目は活動別分類で表示する。内訳表は注記事項とする、等が新たに提案されている。
「研究会」における議論の特徴は、前述の「報告書」の求めに応じて、日本の寄付文化の醸成を視野に入れ公益法人の透明性の一層の向上に資するため、「財務諸表本表は簡素でわかりやすく、詳細情報は注記等で開示する」ことを基本方針としてきたことにある。
だが、新会計基準の具体的な見直しに対しては、従前の実務に大きな変更を迫ることが予想されるため、公益法人に求められる財務規律が本表に表示されないことで法人の受託責任が不明確になること等への懸念も表明されているところである。
「研究会」における議論の到達点を踏まえて、本表と注記に優劣はなく、その相互関係が強調されるべきこと、また、行政による指導監督目的の別表等を整理し、財務諸表と連携する注記、附属明細書を一体的に再構成して、すべてのステークホルダーに向けた有用な情報として開示することを意図する点が理解される必要がある。併せて、小規模法人の負担軽減には十分な配慮が求められる。
4 新制度の定着に向けて
最近のニュースとして、例えば、TKCにおいて全国公益法人協会が主催する「公益法人会計検定」の受験を促進する等、公益法人制度および会計基準に精通した税理士による業務拡大を意図した取り組みが始められたことを知った。
新制度が実務に定着するにはこれから制度上の工夫と研修等を通じた各法人の相当の努力、そして一定の時間が必要になると思われる。
これまで民間非営利組織の会計領域を先導してきた公益法人会計の制度がさらに発展するうえで、企業会計との相違を熟知し、知識と知恵を積み重ねてきた経験豊かな会計プロフェッションの活躍が期待される。
様々な社会的課題の解決に向けて、「公助」・「共助」・「自助」の連携の在り方が問われる中で、非営利組織の役割・期待は益々高まっている。とりわけ、現在進行している公益法人制度改革は、民間公益の担い手たる公益法人が、社会によって支えられ、また社会の中でその使命(ミッション)を達成していくことを求めて、財務規律の柔軟化等を通じて各法人の自律的な経営判断が尊重されるとともに、透明性と信頼性をさらに高める仕組みへの見直しが行われている点で注目されている。
かかる観点から、公益法人のガバナンスの実効性と事業運営の効率性・健全性を確保するために社会的監視の一翼を担いつつ、他方で公益法人の発展に寄り添う会計プロフェッションの働きが一層求められることになるであろう。
ここに公益法人とは、「民による公益の増進」を図ることを目的として設立された法人である。すなわち、「一般法人法」に基づき「準則主義」によって設立された一般法人について、「公益認定法」に基づいて、内閣府もしくは都道府県に設置された民間有識者により構成される合議制の機関である公益認定等委員会もしくは審議会が、厳正な審査のもとで認定した法人が公益法人となる。また、認定後においても法に定められた認定基準を満たしていることを確認する必要があるため、これまで法人に対して定期提出書類の提出および立入検査等が求められてきた。
内閣府の2023年度の調査によれば、日本の公益法人数は9,672法人であり、そのうち社団法人が4,171法人、財団法人が5,501法人である。職員数は約29万人、不特定多数の者の利益の増進に寄与することを意図した法人の公益目的事業費用額は年間5兆円に及ぶ。
2 新しい時代の公益法人制度
今般の公益法人制度改革は、各主務官庁による「許可」制度を廃止し、現行の制度的な仕組みが出来上がった2006年以来の大きな改革である。
「新しい時代の公益法人制度の在り方に関する有識者会議」の最終報告書(以下、「報告書」という)が発表されたのは2023年6月のことであった。同会議は、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」および「経済財政運営と改革の基本方針2022」に基づき、民間による社会的課題解決に向けた公益的活動を一層活性化し、「新しい資本主義」の実現に資する観点から、公益認定基準をはじめ制度の在り方を見直し、制度改正および運用改善の方向性に係る検討を行うものであった。
2024年5月の通常国会において公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律および公益信託に関する法律が原案通り可決・成立した。「報告書」に示された基本的な方向性に沿って、内閣府公益認定等委員会の下で開催されてきた公益法人の会計に関する研究会(以下、「研究会」という)から、新制度に整合した公益法人会計基準の改訂・公表に向けて、2024年5月には「令和5年度 公益法人の会計に関する諸課題の検討状況について」が公表されている。
内閣府は、制度改正のポイントとして、①より自由な資金活用を意図した収支相償原則・遊休財産規制の変更を伴う財務規律の柔軟化・明確化、②より柔軟な事業展開のための行政手続の簡素化・合理化、③外部理事・監事の導入を含む自律的ガバナンスの充実や透明性の向上を掲げている。
3 会計基準の見直しの方向性
これを受けて、「研究会」は、公益法人会計基準の見直しの必要性ないし意義として、①財務規律の柔軟化・明確化に伴う法人の説明責任として、財務諸表における開示の拡充を図る、②改正法により、公益目的事業財産の状況の可視化および公益目的取得財産残額の把握方法の簡素化を含む区分経理(公益目的事業、収益事業等、法人運営の3区分)の実施を原則化する、③定期提出書類については簡素化する、④公益法人のステークホルダー等の多様化に対応して財務諸表全体をわかりやすいかたちに見直すこと等を説明している。
また、会計基準の見直しの方向性として、①貸借対照表の本表においては流動資産・固定資産の区分を表示し、従前の基本財産・特定資産は注記で区分する。使途拘束資産(控除対象財産)[資産]、一般純資産・指定純資産[純資産]を注記等で区分する。内訳表は注記事項とする、②正味財産増減計算書の名称を活動計算書に変更し、本表では一般純資産・指定純資産を区分せず、純資産全体の増減を経常活動・その他活動に区分する(わかりにくさの要因であるいわゆる振替処理は廃止する)。費用科目は活動別分類で表示する。内訳表は注記事項とする、等が新たに提案されている。
「研究会」における議論の特徴は、前述の「報告書」の求めに応じて、日本の寄付文化の醸成を視野に入れ公益法人の透明性の一層の向上に資するため、「財務諸表本表は簡素でわかりやすく、詳細情報は注記等で開示する」ことを基本方針としてきたことにある。
だが、新会計基準の具体的な見直しに対しては、従前の実務に大きな変更を迫ることが予想されるため、公益法人に求められる財務規律が本表に表示されないことで法人の受託責任が不明確になること等への懸念も表明されているところである。
「研究会」における議論の到達点を踏まえて、本表と注記に優劣はなく、その相互関係が強調されるべきこと、また、行政による指導監督目的の別表等を整理し、財務諸表と連携する注記、附属明細書を一体的に再構成して、すべてのステークホルダーに向けた有用な情報として開示することを意図する点が理解される必要がある。併せて、小規模法人の負担軽減には十分な配慮が求められる。
4 新制度の定着に向けて
最近のニュースとして、例えば、TKCにおいて全国公益法人協会が主催する「公益法人会計検定」の受験を促進する等、公益法人制度および会計基準に精通した税理士による業務拡大を意図した取り組みが始められたことを知った。
新制度が実務に定着するにはこれから制度上の工夫と研修等を通じた各法人の相当の努力、そして一定の時間が必要になると思われる。
これまで民間非営利組織の会計領域を先導してきた公益法人会計の制度がさらに発展するうえで、企業会計との相違を熟知し、知識と知恵を積み重ねてきた経験豊かな会計プロフェッションの活躍が期待される。
ルールとしての会計と会計学
―次代の会計プロフェッションへのメッセージ―
青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科 助教
髙井 駿
「日に焼けていますね」。会話をするなかで掛けられることの多い言葉である。大学教員の一般的なイメージからは想像しにくいかもしれない。残念ながら、会計学の研究と教育に邁進した結果ではない。休日に屋外で活動をしているからである。何をしているのかといえば、サッカーに関わっている。高校生までは競技者として、大学生以降は主に指導者としてチームでの活動に取り組んできたが、練習に顔を出すことがだんだんと難しくなってきた。そこで、いまではその中心を審判活動へと移している。
日本のサッカー審判の資格は1級から4級までにわかれており、中学生のときに顧問の先生の指示で4級審判員の資格を取得した。審判員として活動するためには競技規則の理解が必要であり、講習会でも筆記テストを受けることになる。競技者もプレーをするうえで競技規則の理解は必要だが、細かな規則までは勉強していない人も少なくない。
資格取得直後の試合でこんなことがあった。自チームのファウルで主審の笛が鳴った。ファウルの理由がわからず主審を見てみると、間接フリーキックのシグナルをしていた。間接フリーキックからは、文字どおり直接得点をすることはできない。しかし、ピッチ上のほとんどの競技者はそのことに気づいていなかった。ゴールめがけて飛んできたボールを、ゴールキーパーだった私は悠然と見送った。相手競技者は得点したものと思い喜びを表現していたが、当然に得点は認められずゴールキックでプレーは再開された。ルールを理解することの重要性を実感した瞬間だった。
審判として真面目に活動しようと思うようになり、3級審判員の資格を取得した。ちなみに、2023年度のサッカー3級審判員の登録数は35,658人であり、人数だけでいえば公認会計士にかなり近い。3級審判員になると都道府県サッカー協会が主催する試合を担当することができ、2024年度はアクティブ審判員として所属する東京都サッカー協会からの割当も受けている。審判としての試合数も多くなり、その楽しさに少しずつ気づいてきたところだ。
審判員として活動するうえで、まずは競技規則の理解が不可欠となる。そして、目の前で起きた事象に対して、正しく競技規則を適用する必要がある。しかし、その正しさが実は難しい。サッカーの競技規則には、審判の主観的な判断に委ねられている部分も多いからである。審判員の存在意義は、試合を安全で魅力的、かつ公正に実施することに求められるのであり、その判断のためには、競技規則の基本的な考え方と精神に立ち返る必要がある。
ある試合でアセッサーに「選手は楽しそうにプレーしていましたか?」と尋ねられた。まさに選手のための試合であり、その実施のために競技規則と審判員が存在するということである。そこでは、機械的に競技規則を適用するだけではなく、選手とコミュニケーションを取りながら試合を作り上げるという感覚が必要とされる。任務の遂行のためには、明文化された競技規則の条文を知識として理解しているのみでは不十分であり、競技規則の知識を前提としたうえで、サッカーという競技そのものへの理解を深めていかなければならない。
ところで、サッカーの競技規則は、得点の機会が増え、よりおもしろいものとなることを目的として改正されてきたといわれている。最近では、「ベンゲル・ルール」と呼ばれる競技規則の改正提案がサッカー界を騒がせた。これは、サッカーの特徴的なルールであるオフサイドの反則について大きな変更を加えようとしたものであり、これもまた同様に得点の機会を増やすという目的をもったものであった。この改正提案は、結局のところ見送られることとなった。ルールの改正について、十分な検討や試験導入などが行われなかったことがその原因であったと考えられている。
このことは、目的が正しいものであったとしても、現行のルールや実際の運用をまったく無視して新たなルールを導入することの難しさを示唆している。ましてや、そのルール改正が得点の機会を増やすという目的にかなうかどうかは、導入してみなければわからない。そもそも、競技が誕生した当初は、選手同士が話し合って試合を実施していたとされる。ルールというのは、そうしたプレーをする選手たちから離れて整備をされるものではないのであろう。
会計のルールについても同様のことがいえる。こんにちでは、基準設定主体が積極的に基準を開発しているが、歴史的にみれば、市場の日々の取引を通じて作り上げられた実務慣行のなかから一般に認められた会計基準が成立し、それが次第に体系化されてきたのである。このように考えれば、会計プロフェッションというのは、基準設定主体から与えられた会計基準に従う受動的な存在というよりも、ルール形成に寄与する能動的な主体であるということができるであろう。
現行の会計ルールは複雑であり、会計プロフェッションとなるためには会計基準などを理解することが不可欠となる。しかし、ルールの暗記が重要なのではない。急速に変化が生じる世界において会計プロフェッションとしての任務を遂行するためには、むしろ対象となる取引や会計情報を作成する企業のビジネスモデル、あるいは会計情報それ自体の役立ちに対する深い理解が必要とされるはずである。そうした視点に立てば、会計学はきっと皆さんの想像以上におもしろい。
資格試験の勉強などに取り組むと、どうしても視野が狭くなりがちである。試験の合格のためには、そのために最適な勉強法というものもあるだろう。しかし、真の会計プロフェッションとなるためには、そのような勉強ではおそらく十分ではない。むしろ、より積極的な役割を果たしうるという希望をもって、広い視野を保ちながら意欲的に日々の学習に取り組んでほしい。皆さんに刺激を与えられるように、私自身も会計学の研究と教育に精進していきたい。
日本のサッカー審判の資格は1級から4級までにわかれており、中学生のときに顧問の先生の指示で4級審判員の資格を取得した。審判員として活動するためには競技規則の理解が必要であり、講習会でも筆記テストを受けることになる。競技者もプレーをするうえで競技規則の理解は必要だが、細かな規則までは勉強していない人も少なくない。
資格取得直後の試合でこんなことがあった。自チームのファウルで主審の笛が鳴った。ファウルの理由がわからず主審を見てみると、間接フリーキックのシグナルをしていた。間接フリーキックからは、文字どおり直接得点をすることはできない。しかし、ピッチ上のほとんどの競技者はそのことに気づいていなかった。ゴールめがけて飛んできたボールを、ゴールキーパーだった私は悠然と見送った。相手競技者は得点したものと思い喜びを表現していたが、当然に得点は認められずゴールキックでプレーは再開された。ルールを理解することの重要性を実感した瞬間だった。
審判として真面目に活動しようと思うようになり、3級審判員の資格を取得した。ちなみに、2023年度のサッカー3級審判員の登録数は35,658人であり、人数だけでいえば公認会計士にかなり近い。3級審判員になると都道府県サッカー協会が主催する試合を担当することができ、2024年度はアクティブ審判員として所属する東京都サッカー協会からの割当も受けている。審判としての試合数も多くなり、その楽しさに少しずつ気づいてきたところだ。
審判員として活動するうえで、まずは競技規則の理解が不可欠となる。そして、目の前で起きた事象に対して、正しく競技規則を適用する必要がある。しかし、その正しさが実は難しい。サッカーの競技規則には、審判の主観的な判断に委ねられている部分も多いからである。審判員の存在意義は、試合を安全で魅力的、かつ公正に実施することに求められるのであり、その判断のためには、競技規則の基本的な考え方と精神に立ち返る必要がある。
ある試合でアセッサーに「選手は楽しそうにプレーしていましたか?」と尋ねられた。まさに選手のための試合であり、その実施のために競技規則と審判員が存在するということである。そこでは、機械的に競技規則を適用するだけではなく、選手とコミュニケーションを取りながら試合を作り上げるという感覚が必要とされる。任務の遂行のためには、明文化された競技規則の条文を知識として理解しているのみでは不十分であり、競技規則の知識を前提としたうえで、サッカーという競技そのものへの理解を深めていかなければならない。
ところで、サッカーの競技規則は、得点の機会が増え、よりおもしろいものとなることを目的として改正されてきたといわれている。最近では、「ベンゲル・ルール」と呼ばれる競技規則の改正提案がサッカー界を騒がせた。これは、サッカーの特徴的なルールであるオフサイドの反則について大きな変更を加えようとしたものであり、これもまた同様に得点の機会を増やすという目的をもったものであった。この改正提案は、結局のところ見送られることとなった。ルールの改正について、十分な検討や試験導入などが行われなかったことがその原因であったと考えられている。
このことは、目的が正しいものであったとしても、現行のルールや実際の運用をまったく無視して新たなルールを導入することの難しさを示唆している。ましてや、そのルール改正が得点の機会を増やすという目的にかなうかどうかは、導入してみなければわからない。そもそも、競技が誕生した当初は、選手同士が話し合って試合を実施していたとされる。ルールというのは、そうしたプレーをする選手たちから離れて整備をされるものではないのであろう。
会計のルールについても同様のことがいえる。こんにちでは、基準設定主体が積極的に基準を開発しているが、歴史的にみれば、市場の日々の取引を通じて作り上げられた実務慣行のなかから一般に認められた会計基準が成立し、それが次第に体系化されてきたのである。このように考えれば、会計プロフェッションというのは、基準設定主体から与えられた会計基準に従う受動的な存在というよりも、ルール形成に寄与する能動的な主体であるということができるであろう。
現行の会計ルールは複雑であり、会計プロフェッションとなるためには会計基準などを理解することが不可欠となる。しかし、ルールの暗記が重要なのではない。急速に変化が生じる世界において会計プロフェッションとしての任務を遂行するためには、むしろ対象となる取引や会計情報を作成する企業のビジネスモデル、あるいは会計情報それ自体の役立ちに対する深い理解が必要とされるはずである。そうした視点に立てば、会計学はきっと皆さんの想像以上におもしろい。
資格試験の勉強などに取り組むと、どうしても視野が狭くなりがちである。試験の合格のためには、そのために最適な勉強法というものもあるだろう。しかし、真の会計プロフェッションとなるためには、そのような勉強ではおそらく十分ではない。むしろ、より積極的な役割を果たしうるという希望をもって、広い視野を保ちながら意欲的に日々の学習に取り組んでほしい。皆さんに刺激を与えられるように、私自身も会計学の研究と教育に精進していきたい。
バックナンバー
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Relay Essay Vol.11
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Relay Essay Vol.10
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Relay Essay Vol.9
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Relay Essay Vol.7
- 『「会計の新時代にみる会計プロフェッションの可能性」―次代の会計プロフェッションへのメッセージ―』 小西 範幸 会計プロフェッション研究科長・教授
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Relay Essay Vol.6
Relay Essay Vol.5
Relay Essay Vol.4
Relay Essay Vol.3
Relay Essay Vol.2
Relay Essay Vol.1