教員リレーエッセイ Vol.5(2015.10.01)
業績予想と企業予算
青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科 教授
小倉 昇
日本には、上場企業による自社業績予想の開示という独特の制度が整備されている。厳密には法的に義務付けられたものではないが、全上場企業の95%を超える企業が自社の業績予想を定期的に開示している。欧米にも業績予想を自発的に開示する上場企業はあるが、その比率は日本の現状とは比較にならない。
21世紀に入り、日本企業における業績予想と企業予算の関係に目が向けられるようになった。日本の上場企業を対象とした質問紙調査では、回答企業の54.2%が、予算作成の重要な目的として、自社業績予想に利用することを挙げていた。これ以外にも、企業の予算制度に関する種々の調査レポートの中でも、予算情報と業績予想をリンクさせていると明言している企業が報告されている。
業績予想と企業予算を連動して運用することが、それぞれの制度のメリットを生むのか、あるいは機能を制約することはないのか、最近の業績予想や企業予算の動向を踏まえながら、本稿で許された制約の中で検討を加えたい。
1.日本企業の業績予想開示
日本企業による自社業績予想公表の発端は、東京証券取引所の記者クラブの要請を受けて一部の上場企業が業績予想を発表していたものである。1974年ごろにその習慣を証券取引所が引き継ぎ、現在は証券取引所から、決算短信の一項目として業績予想の公表を要請している。長い年月の間に、単独決算の業績予想から連結決算の業績予想へと拡張し、また、四半期決算の導入に伴い、2004年前後からは、四半期ごとに業績予想が発表されるようになった。
年に4回の業績予想発表を行うからといって、毎回異なる数値が公表されるわけではない。3カ月前の公表と同じ業績予想が公表されるケースも多いが、年に4回発表される業績予想が一貫して同じ数値というケースも珍しい。ほとんどの企業が、会計期間の初めに発表した期初予想を、期中に1回以上は修正している。四半期ごとの決算短信に伴う4回の業績予想(定時予想)以外にも、不定期に期初予想の修正を発表する企業も増加している。これは21世紀になってからの特徴である。
年に4回の定時予想に、不定期の随時予想が加わり、業績予想の発表頻度が高くなることは、企業の将来予測情報が遅滞なく公表されていると好意的に受け止めることもできるが、他方では、期初1カ月経ったころに発表された期初予想はいずれ修正される数値だという不信感を情報利用者に与えていることも否定できない。
このような状況を背景として、自社業績予想と予算の連動に注目が集まりつつある。予算を裏付けとして見積もられる業績予想は、そうでない業績予想に比べて信頼できると考えられるからである。そこで、企業予算と業績予想の相互関係について考えてみよう。
2.業績予想と企業予算
もともと予算の情報と業績予想情報では、作成のタイミングが異なる情報である。予算情報の作成は、会計期間が始まる3カ月から4カ月前に始まり、1カ月前には全社(あるいは連結)の予算損益計算書の数字はほぼ確定している。残りの1カ月で、部門別予算やプロジェクト別予算の調整を行わなければならないからである。これに対して、業績予想の最初の発表は、決算日後30日から45日の間に行われる。決算短信を決算日から45日以内に発表するように求められているからである。3月決算の企業ならば、2月末には全社ベースまたは連結ベースの予算は確定しており、それから2か月後の5月初めに業績予想を発表するというのが、標準的なパターンになる。
予算と業績予想を連動させるということは、2カ月前に作成した予算損益計算書の数字をそのまま業績予想として発表することではない。2カ月の間に変化した、為替レート、市中金利率、製品や材料の市場価格、その他の顕在化したリスク要因を予算損益計算書に反映させた調整後の数値が業績予想とされる。
このような2か月間のタイムラグは、先行する予算が業績予想と連動しても、予算制度にもたらす影響はほとんどないと連想させるかもしれない。しかし、四半期決算導入後の状況はそうではない。1990年代以前には、予算の期中修正を認める日本企業は少数で、そのことが予算制度の硬直性という批判の原因にもなっていた。それが、2千年代に入り、予算の修正は定期的に行うべきであるという主張が増え、また実際に、四半期ごとに予算の見直しを行う企業が増加しているという実態調査の結果が報告されている。
予算期間の途中で予算の見直しをすることを考えたとき、予算が修正されたにもかかわらず業績予想が据え置かれたまま、あるいはその逆であった場合、社内の従業員の予算数値に対する信頼性は大きく低下することが想定される。業績予想が予算の修正に連動することは、修正後の予算の信頼性を保持するために必要なことである。
これに対し、社外に向かって業績予想が予算に連動していると説明することは、業績予想情報の信頼に正と負の効果を与える。片方で、社内で利用している管理情報に基づく数値を公表しているので信頼できるという印象を与えるが、他方では、社内では2カ月前に知っていた情報を遅れて発表しているという疑念を持たせる。会計年度の上期に発表される予想修正は必ずしも信頼を高めるとは限らない。さらに、第2四半期の決算短信を発表するころ(つまり、3月決算の会社なら10月上旬)には、会社の経理は7か月分の実績値を月次決算によって確認済みであり、予算に頼らなくてもかなり精度が高い決算予想を行うことが可能である。第3四半期の決算短信の時期ともなれば、10か月分の月次決算の情報をもとに決算速報に近い数値を発表できる。
以上見てきたように、業績予想を予算に連動させることは、企業予算の運用に対する影響が大きいという仮説が成り立つ。2カ月遅れで、しかも調整後の数値であるとはいえ、社内で検討された予算の数値が社外に公開されることはメリットもデメリットも持つだろう。今後の予算研究には、業績予想との連動という側面が取り入れられなければならない。
21世紀に入り、日本企業における業績予想と企業予算の関係に目が向けられるようになった。日本の上場企業を対象とした質問紙調査では、回答企業の54.2%が、予算作成の重要な目的として、自社業績予想に利用することを挙げていた。これ以外にも、企業の予算制度に関する種々の調査レポートの中でも、予算情報と業績予想をリンクさせていると明言している企業が報告されている。
業績予想と企業予算を連動して運用することが、それぞれの制度のメリットを生むのか、あるいは機能を制約することはないのか、最近の業績予想や企業予算の動向を踏まえながら、本稿で許された制約の中で検討を加えたい。
1.日本企業の業績予想開示
日本企業による自社業績予想公表の発端は、東京証券取引所の記者クラブの要請を受けて一部の上場企業が業績予想を発表していたものである。1974年ごろにその習慣を証券取引所が引き継ぎ、現在は証券取引所から、決算短信の一項目として業績予想の公表を要請している。長い年月の間に、単独決算の業績予想から連結決算の業績予想へと拡張し、また、四半期決算の導入に伴い、2004年前後からは、四半期ごとに業績予想が発表されるようになった。
年に4回の業績予想発表を行うからといって、毎回異なる数値が公表されるわけではない。3カ月前の公表と同じ業績予想が公表されるケースも多いが、年に4回発表される業績予想が一貫して同じ数値というケースも珍しい。ほとんどの企業が、会計期間の初めに発表した期初予想を、期中に1回以上は修正している。四半期ごとの決算短信に伴う4回の業績予想(定時予想)以外にも、不定期に期初予想の修正を発表する企業も増加している。これは21世紀になってからの特徴である。
年に4回の定時予想に、不定期の随時予想が加わり、業績予想の発表頻度が高くなることは、企業の将来予測情報が遅滞なく公表されていると好意的に受け止めることもできるが、他方では、期初1カ月経ったころに発表された期初予想はいずれ修正される数値だという不信感を情報利用者に与えていることも否定できない。
このような状況を背景として、自社業績予想と予算の連動に注目が集まりつつある。予算を裏付けとして見積もられる業績予想は、そうでない業績予想に比べて信頼できると考えられるからである。そこで、企業予算と業績予想の相互関係について考えてみよう。
2.業績予想と企業予算
もともと予算の情報と業績予想情報では、作成のタイミングが異なる情報である。予算情報の作成は、会計期間が始まる3カ月から4カ月前に始まり、1カ月前には全社(あるいは連結)の予算損益計算書の数字はほぼ確定している。残りの1カ月で、部門別予算やプロジェクト別予算の調整を行わなければならないからである。これに対して、業績予想の最初の発表は、決算日後30日から45日の間に行われる。決算短信を決算日から45日以内に発表するように求められているからである。3月決算の企業ならば、2月末には全社ベースまたは連結ベースの予算は確定しており、それから2か月後の5月初めに業績予想を発表するというのが、標準的なパターンになる。
予算と業績予想を連動させるということは、2カ月前に作成した予算損益計算書の数字をそのまま業績予想として発表することではない。2カ月の間に変化した、為替レート、市中金利率、製品や材料の市場価格、その他の顕在化したリスク要因を予算損益計算書に反映させた調整後の数値が業績予想とされる。
このような2か月間のタイムラグは、先行する予算が業績予想と連動しても、予算制度にもたらす影響はほとんどないと連想させるかもしれない。しかし、四半期決算導入後の状況はそうではない。1990年代以前には、予算の期中修正を認める日本企業は少数で、そのことが予算制度の硬直性という批判の原因にもなっていた。それが、2千年代に入り、予算の修正は定期的に行うべきであるという主張が増え、また実際に、四半期ごとに予算の見直しを行う企業が増加しているという実態調査の結果が報告されている。
予算期間の途中で予算の見直しをすることを考えたとき、予算が修正されたにもかかわらず業績予想が据え置かれたまま、あるいはその逆であった場合、社内の従業員の予算数値に対する信頼性は大きく低下することが想定される。業績予想が予算の修正に連動することは、修正後の予算の信頼性を保持するために必要なことである。
これに対し、社外に向かって業績予想が予算に連動していると説明することは、業績予想情報の信頼に正と負の効果を与える。片方で、社内で利用している管理情報に基づく数値を公表しているので信頼できるという印象を与えるが、他方では、社内では2カ月前に知っていた情報を遅れて発表しているという疑念を持たせる。会計年度の上期に発表される予想修正は必ずしも信頼を高めるとは限らない。さらに、第2四半期の決算短信を発表するころ(つまり、3月決算の会社なら10月上旬)には、会社の経理は7か月分の実績値を月次決算によって確認済みであり、予算に頼らなくてもかなり精度が高い決算予想を行うことが可能である。第3四半期の決算短信の時期ともなれば、10か月分の月次決算の情報をもとに決算速報に近い数値を発表できる。
以上見てきたように、業績予想を予算に連動させることは、企業予算の運用に対する影響が大きいという仮説が成り立つ。2カ月遅れで、しかも調整後の数値であるとはいえ、社内で検討された予算の数値が社外に公開されることはメリットもデメリットも持つだろう。今後の予算研究には、業績予想との連動という側面が取り入れられなければならない。
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