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教員リレーエッセイ Vol.9(2019.10.10)

少子高齢化社会の相続税を考えよう
―次代の会計プロフェッションへのメッセージ―

青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科 特任教授
金田 勇

 相続税とは何のための税金なのか考えたことがあるだろうか。近年、わが国は少子高齢化社会へと着実に進展していることに伴い、これまで家族が支えてきた老後の扶養を公的な社会保障制度の充実により社会的に支える、いわゆる「老後扶養の社会化」が進展しており、さらには、被相続人だけでなく、相続人自身も高齢者となる、いわゆる「老老相続」も増加している。したがって、相続という次世代への資産移転の時期が社会・経済の変化と共に大きく変化していると考えられる。
 しかるに、わが国の相続税は、1905年に創設され、その後幾度となく改正を経ながらも、100年以上もの長きに渡って、広く定着したものとなってきたが、現在の相続税はこのような社会・経済の変化に対応して、その機能ないし課税目的を果たしていると言えるのであろうか。あるいはまた、どのような相続税が求められているのであろうか。本稿で許された制約のもとで、少子高齢化社会におけるわが国の相続税の今後のあり方について考えてみたい。
 まずは、相続税の役割は何かということから考えてみることにする。相続税の役割は、税収の確保にあることはもちろんのことであるが、むしろ被相続人が生前貯蓄した財産を相続時点で清算するという「個人所得課税を補完すること」と、富の集中を排除して経済格差を是正するという「富の再分配を図ること」にあるとされてきた。
 「富の再分配を図ること」とは、具体的には、上位収入階層からその他の収入階層に資産を移転することだけではない。加えて、高齢者から若い次世代へ資産を移転するということも意味しており、これが相続税の極めて重視すべき機能なのである。
 富の再分配機能を歴史的に振り返ってみると、経済のいわゆるバブル期においては、資産価額の高騰による相続税負担を軽減するために、基礎控除額の引上げ、適用税率の緩和等の優遇措置が行われたが、バブル経済の崩壊以降もこれらの優遇措置が継続されたために、相続税の課税件数や納付額が減少し、富の再配分機能が低下したのではないかと指摘された。そこで2013年度税制改正により、これまでとは逆に、基礎控除額の引下げ、最高税率の引上げ等が行われ、この改正は2015年1月以降より実施されたことにより、その後は相続税の課税件数や納付額は増加に転ずる結果となっている。この2013年度税制改正には、相続税の負担を大きくすることによって、従来よりも相対的に生前贈与を有利にするという意味があり、早い時期における資産移転や、生前贈与の促進にもつながるという効果も認められているところから、富の再分配機能の回復という点で一定の評価がなされている。
 次に、富の再分配機能の今後のあり方について考えてみることにする。わが国の資産の移転状況をみると、経済のストック化の進展により高齢者世帯ほど資産貯蓄が多く、今後、相続による資産移転の増加が見込まれること、また、相続人自身が高齢者となる「老老相続」によって、相続時点で既に相続人自身の資産形成が相当進み、さらに相続による財産取得が相続人のライフサイクルのより後半にシフトしている、ということができる。
 であれば、今後の相続による高齢世代内の資産格差が次世代に引き継がれる可能性が高くなるのではないかと予想されることから、次世代における機会格差につながらないように、すなわち機会の平等を図るためにも、2013年度税制改正の影響も見極めながら、今後も富の再分配機能を適切に確保していくことが求められるのではないかと考えられる。
 相続税は、相続を契機とした高齢者から若い次世代への資産移転に際して、富の再分配を図るという他では代替できない固有の機能を有している。しかし、相続税が世代間の資産移転に関して阻害的であってはならないことは言うまでもないことである。したがって、資産移転を円滑に進めるためには、相続税だけでなく、相続税の補完税として同様の機能が求められている贈与税との一体的課税が検討されなければならない。何故ならば、「老老相続」においては、相続による次世代への資産移転の時期が大幅に遅くなっているために、生前贈与を促進することによって、資産移転の時期の選択に中立性を確保することができるようになるからである。
 現行の相続時精算課税制度は、2003年度税制改正においてそのために導入されたものなのである。すなわち、相続時精算課税制度では、相続税と贈与税を一体的に考え、贈与税は相続税で精算されることによって、資産移転の時期の選択に中立性を確保するという制度なのである。
 このような生前贈与と相続に対して相続税(遺産税)を一体的に課税して、資産移転の時期の選択に中立性を確保する制度は、アメリカやドイツ、フランスなどの主要先進国においても構築されている。しかし、相続税と贈与税が一体化しているこれらの外国と比較すると、わが国の相続時精算課税制度は対象となる贈与者や受贈者が限定的であり、贈与額についても制限がなされているなど、不十分なものとなっている。
 今後の相続税のあり方については、相続税と贈与税の一体的課税という制度設計を目指していくべきであるとするならば、そのためにも、まずは相続時精算課税制度の適用範囲の拡充することによって、資産移転の円滑を図るようにすべきなのではないかと考えられる。

 最後に、相続税を考える前に、そもそも相続財産の「財産」とは何かという「財産」概念自体が問題なのではないかと考えている。すなわち、相続税法では、その課税対象に「財産」という概念を、所得税法と法人税法では、その課税対象とする所得に「資産」という概念を用いているが、その「財産」や「資産」の定義規定がないことから、「財産」や「資産」の性格や範囲については、何らの限定もなされていないのである。したがって、「財産」や「資産」の概念は不確定であり、それぞれの租税法の解釈に委ねられているのが問題なのである。
 次代の会計プロフェッションには、相続税の課税対象たる「財産」や「資産」の定義や範囲を念頭に置きながら、少子高齢化社会における相続税のあり方、そして資産税そのもののあり方へと議論を拡大していって欲しいのである。

金田 勇(かねだ いさむ) 青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科特任教授。
公認会計士・税理士。
早稲田大学商学部卒業、同大学大学院商学研究科博士前期課程修了、同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。太田昭和監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)を経て、金田公認会計士税理士事務所代表。日本公認会計士協会租税調査会専門委員、日本公認会計士協会学術賞審査委員会委員。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科講師。上場会社社外取締役。

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