教員リレーエッセイ Vol.5(2015.10.01)
―課税のあり方の変容転機を迎えた税務調査
青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科 教授
小林 裕明
公禄を食(は)んでいた頃の追憶であるが、官途を辞し暫時を経た現職にあって、会計事務所に勤務する社会人学生らとの議論の中で、あるいは現職の税理士諸氏との対話を通じて、改めて税務調査を取り巻く外部環境の変化を感じる。具体的には、課税のあり方に影響を与えた、次の3つの事項が想起される。
一点目は、租税回避事件におけるいくつかの重要な課税取消判決である。かつての課税庁は節税(適法)と脱税(違法)の狭間に位置する租税回避行為に対し、課税できるとの信念の下で果敢に課税を行っていた。実際、租税回避行為に対する課税理論として「私法上の法律構成による否認」法理が有効である1)とされ、租税負担を意図的に軽減する目的を有する納税者の真意(主観面)の所在を追及することにより、隠れた「真実の法律関係」を認定するという手法を用いて、税務調査が行われ裁判でも主張立証がなされた。
しかし、航空機リース事件の敗訴2)を機に、この課税手法の限界が意識されることとなった。同判決は、事実認定の在り方として「動機、意図などの主観的事情によって、通常は用いられることのない契約類型であるか否かを判断することを相当とするものではなく、まして、税負担を伴わないあるいは税負担が軽減されること・・を根拠に、直ちに通常は用いられることのない契約類型と判断した上、税負担を伴うあるいは税負担が重い契約類型こそが当事者の真意であると認定することを許すものでもない」と説示し、納税者が組成した民法組合が有効に成立していないとの課税庁の主張を排斥した。
そして、著名な武富士事件最高裁判決3)では、補足意見4)において租税回避事件に対する裁判所の解釈や事実認定のスタンスが明らかとなった。補足意見は判例を構成するものではないが、従来の租税回避行為に対する課税のあり方に対し司法の立場から明確にダメ出ししたものと受け止められている。
これらの敗訴判決を踏まえ、課税庁の対応は、租税回避の目的、意図といった主観面を解明するのではなく、課税要件事実をより客観的に探求することに重点をシフトしている。審理機能の強化といった調査支援体制の整備により、この視点は徐々に組織内に浸透し課税のあり方を変容させていると思われる。
二点目は、新税務調査手続である。2011年度税制改正で税務調査手続の明確化等を内容とする国税通則法の改正が行われ、2013年1月から施行されている。この改正により、事実の把握を困難にする等一定の例外を除き、税務調査において事前通知が義務化されたほか、行政処分における通知書への処分理由の記載(理由附記)や調査終了時に調査内容(誤りの内容、金額、理由)の説明を行うことが法文上明確化された。
導入後の新手続の評価は定まっているとはいい難いが、課税庁にとっては少なくとも納税者及び代理人との接触に、より慎重さが求められるとともに、交付する文書の数が多くなるなど、相当の事務負担をかけて調査に臨むこととなる影響が考えられる。これにより、調査事務の効率性を高めることに加え、納税者に明確な課税根拠を提示するために、より緻密な課税証拠の追究が求められるであろう。
三点目は、不服申立手続である。2014年に行政不服審査法が改正され、異議申立前置の廃止や審査請求における計画的審理手続の導入などを内容とする国税通則法の改正が併せて行われた。この改正と並行し、審査請求を担う国税不服審判所の改革が議論されており、2011年度税制改正大綱には、審理の中立性・公正性を向上させる観点から、国税審判官の外部登用の推進5)が盛り込まれていた。
行政不服審査法の改正は数年来議論されており、そのたびに国全体の不服申立件数の枢要を担う国税の不服審査のあり方が議論の俎上に上っていた。近年、不服申立てにおいては、訴訟よりも高い取消率が示されており6)、数字のみとらえれば実効性のある救済が図られているといえよう。さらに、今般の改正により司法審査を模した口頭意見陳述などの手続が導入され、民間任用の審査官による中立的な審理が行われることによって、より充実した審査体制が構築されるとの期待がある。
一方、裏を返せば、調査現場では課税処分が行政救済の場で覆る可能性を意識せざるを得ないであろう。課税根拠となる証拠資料が曖昧で審査請求で取消された事例もあると聞く。調査官は、争訟に耐え得る証拠資料の収集に今まで以上に心を砕く必要があるだろう。
このような税務調査をめぐる時流や法改正による制度の転換にあって、課税庁の課税のあり方は、「税法に基づく適正な課税」という原点回帰を強めている。納税者の法的安定性の確保や行政手続の透明化といった現代的な要請の下で、求められるのは租税法律主義に基づく適切な文理解釈と事実認定である。課税庁にはそれを実践する義務がある一方、「税法に則った適正な申告」は納税者を擁護する立場にある税理士、公認会計士に求められる使命である。課税庁の変節に対し、カウンターパートである会計プロフェッションの立場からも、税法の条理に沿って課税関係を判断することが重要となるであろう。
そのような視点を絶えず意識しながら、自らが携わる会計プロフェッション教育を実践していきたい。
【注】
1) 同法理を支持する判決として、フィルムリース事件控訴審判決(大阪高判平成12年1月18日、最民60巻1号307頁)など
2) 名古屋高判平成17年10月27日、税資255号順号10180
3) 最判平成23年2月18日、裁時1526号2頁、金判1368号22頁
4) 「租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず、これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って、租税回避の否認をして課税することは許されないというべきである。」と述べられている。
5) 2011年度税制改正大綱には、「3年後の平成25年までに50名程度を民間より任用することにより、事件を担当する国税審判官の半数程度を外部登用者とします。」と記述された。
6) 国税庁の報道発表資料(https://www.nta.go.jp/kohyo/press/press/2014/)によれば、2010-2014年度の5年間における各年の認容割合(取消率)は、異議申立てがそれぞれ10.0%, 8.3%, 9.9%, 10.0%, 9.3%、審査請求がそれぞれ12.9%, 13.6%, 12.5%, 7.7%, 8.0%、訴訟がそれぞれ7.6%, 13.4%, 6.3%, 7.3%, 6.8%となっている。
一点目は、租税回避事件におけるいくつかの重要な課税取消判決である。かつての課税庁は節税(適法)と脱税(違法)の狭間に位置する租税回避行為に対し、課税できるとの信念の下で果敢に課税を行っていた。実際、租税回避行為に対する課税理論として「私法上の法律構成による否認」法理が有効である1)とされ、租税負担を意図的に軽減する目的を有する納税者の真意(主観面)の所在を追及することにより、隠れた「真実の法律関係」を認定するという手法を用いて、税務調査が行われ裁判でも主張立証がなされた。
しかし、航空機リース事件の敗訴2)を機に、この課税手法の限界が意識されることとなった。同判決は、事実認定の在り方として「動機、意図などの主観的事情によって、通常は用いられることのない契約類型であるか否かを判断することを相当とするものではなく、まして、税負担を伴わないあるいは税負担が軽減されること・・を根拠に、直ちに通常は用いられることのない契約類型と判断した上、税負担を伴うあるいは税負担が重い契約類型こそが当事者の真意であると認定することを許すものでもない」と説示し、納税者が組成した民法組合が有効に成立していないとの課税庁の主張を排斥した。
そして、著名な武富士事件最高裁判決3)では、補足意見4)において租税回避事件に対する裁判所の解釈や事実認定のスタンスが明らかとなった。補足意見は判例を構成するものではないが、従来の租税回避行為に対する課税のあり方に対し司法の立場から明確にダメ出ししたものと受け止められている。
これらの敗訴判決を踏まえ、課税庁の対応は、租税回避の目的、意図といった主観面を解明するのではなく、課税要件事実をより客観的に探求することに重点をシフトしている。審理機能の強化といった調査支援体制の整備により、この視点は徐々に組織内に浸透し課税のあり方を変容させていると思われる。
二点目は、新税務調査手続である。2011年度税制改正で税務調査手続の明確化等を内容とする国税通則法の改正が行われ、2013年1月から施行されている。この改正により、事実の把握を困難にする等一定の例外を除き、税務調査において事前通知が義務化されたほか、行政処分における通知書への処分理由の記載(理由附記)や調査終了時に調査内容(誤りの内容、金額、理由)の説明を行うことが法文上明確化された。
導入後の新手続の評価は定まっているとはいい難いが、課税庁にとっては少なくとも納税者及び代理人との接触に、より慎重さが求められるとともに、交付する文書の数が多くなるなど、相当の事務負担をかけて調査に臨むこととなる影響が考えられる。これにより、調査事務の効率性を高めることに加え、納税者に明確な課税根拠を提示するために、より緻密な課税証拠の追究が求められるであろう。
三点目は、不服申立手続である。2014年に行政不服審査法が改正され、異議申立前置の廃止や審査請求における計画的審理手続の導入などを内容とする国税通則法の改正が併せて行われた。この改正と並行し、審査請求を担う国税不服審判所の改革が議論されており、2011年度税制改正大綱には、審理の中立性・公正性を向上させる観点から、国税審判官の外部登用の推進5)が盛り込まれていた。
行政不服審査法の改正は数年来議論されており、そのたびに国全体の不服申立件数の枢要を担う国税の不服審査のあり方が議論の俎上に上っていた。近年、不服申立てにおいては、訴訟よりも高い取消率が示されており6)、数字のみとらえれば実効性のある救済が図られているといえよう。さらに、今般の改正により司法審査を模した口頭意見陳述などの手続が導入され、民間任用の審査官による中立的な審理が行われることによって、より充実した審査体制が構築されるとの期待がある。
一方、裏を返せば、調査現場では課税処分が行政救済の場で覆る可能性を意識せざるを得ないであろう。課税根拠となる証拠資料が曖昧で審査請求で取消された事例もあると聞く。調査官は、争訟に耐え得る証拠資料の収集に今まで以上に心を砕く必要があるだろう。
このような税務調査をめぐる時流や法改正による制度の転換にあって、課税庁の課税のあり方は、「税法に基づく適正な課税」という原点回帰を強めている。納税者の法的安定性の確保や行政手続の透明化といった現代的な要請の下で、求められるのは租税法律主義に基づく適切な文理解釈と事実認定である。課税庁にはそれを実践する義務がある一方、「税法に則った適正な申告」は納税者を擁護する立場にある税理士、公認会計士に求められる使命である。課税庁の変節に対し、カウンターパートである会計プロフェッションの立場からも、税法の条理に沿って課税関係を判断することが重要となるであろう。
そのような視点を絶えず意識しながら、自らが携わる会計プロフェッション教育を実践していきたい。
【注】
1) 同法理を支持する判決として、フィルムリース事件控訴審判決(大阪高判平成12年1月18日、最民60巻1号307頁)など
2) 名古屋高判平成17年10月27日、税資255号順号10180
3) 最判平成23年2月18日、裁時1526号2頁、金判1368号22頁
4) 「租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず、これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って、租税回避の否認をして課税することは許されないというべきである。」と述べられている。
5) 2011年度税制改正大綱には、「3年後の平成25年までに50名程度を民間より任用することにより、事件を担当する国税審判官の半数程度を外部登用者とします。」と記述された。
6) 国税庁の報道発表資料(https://www.nta.go.jp/kohyo/press/press/2014/)によれば、2010-2014年度の5年間における各年の認容割合(取消率)は、異議申立てがそれぞれ10.0%, 8.3%, 9.9%, 10.0%, 9.3%、審査請求がそれぞれ12.9%, 13.6%, 12.5%, 7.7%, 8.0%、訴訟がそれぞれ7.6%, 13.4%, 6.3%, 7.3%, 6.8%となっている。
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