教員リレーエッセイ Vol.11(2022.01.26)
AI普及後の未来における税理士の役割について
―次代の会計プロフェッションへのメッセージ―
青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科 特任教授
駒宮 史博
1988年から1991年までの3年間、米国サンフランシスコに駐在員として勤務する機会を得た。この機会を利用して、米国ビジネスの基礎を学ぶため、夜間に州立大学のMBAコースに通った。受講した科目の中に「データ処理演習」があった。与えられた課題は、「チームに分かれて、最近、軍事技術を転用して民間で使用可能となったインターネットを使ったビジネスモデルを提案し、そこで使うソフトをコンピューター専用プログラムで作成すること」であった。チームとしての作業に入る前に、「インターネットを使ってどのような情報を提供すれば、人々はそれに対して料金を払ってくれるだろうか」についてクラスで議論した。「プロ野球選手の球場外のプライベートな生活情報を提供するサイトはどうか」などいろいろな意見が出たが、もっとも評価が高かったのは、「地震が多いサンフランシスコ市周辺に居住する住人に、自宅の地盤強度を伝えるサイト」のアイデアであった。その時に抱いた感想は、「こうしたサイトを一つ一つ立ち上げていくには、専門技術者により、時間と労力がかかる。こうしたサイトの普及には、かなりの時間がかかるだろう」ということだった。
予想に反して、その後1990年代にインターネットは爆発的に広がり、(誰もが簡単にサイト作成できるソフトが登場したこともあるが)個人も会社も洪水のように自らのサイトを立ち上げた。おかげで2021年の現在では、世界で無数のインターネットサイトがアップされていて、大抵のことはサイトを見れば間に合うくらいに便利なものとなっている。
このように、わずか30年前に、現在の状況を誰も予想できていなかった。そして30年前に現在の状況を予想できなかったということは、これから30年後の状況も現在では予想できないと考えておいた方が良いということになる。
この30年間のスマートフォンとインターネットの普及は、人々の生活様式を変えたが、現在は、次の変革期を迎えている。AIの登場である。
今後AIを含めたデジタル技術による変革(DX)が進むにつれ、30年後の世界がどのようなものになっているかは、現在では予想できないと考えた方が良いのは上述のとおりである。それを承知の上で、あえてAI普及後の世界を予想してみたい。
従来のソフトと異なるAIの特徴は、自己学習能力にあると言われている。従来のソフトが予めインプットされたアルゴリズムに従って作業を進めるのに対して、AIはコマンドがファジー(あいまい)な状況においても、過去の学習成果に基づいて自ら判断・作業することができる。従って、当該AIのソフトを書いたプログラマーですら、AIがどのように判断・行動するかを予想できない。とはいえ、AIが学習にするに際しての価値基準は、当該AIを書いたプログラマーが与えているはずである。例えば、「囲碁ソフトであれば、勝率の高い方の指手を選べ」とか、「自動運転ソフトであれば、人的損害を少なくする方の操作を選べ」というように。そしてAIのすごさは、人の記憶力をはるかに凌ぐ膨大な情報量を半永久的に保存し、かつ瞬時に参照する能力があることである。病気の診断であれば、何十万人に一人が罹患するような奇病で、人である医師ならば見過ごしてしまうような病気も症状を綜合的に判断してその可能性について指摘する。そのため、AIの支援を受けた医師は、従来よりも医師の診断技量・経験不足による誤診の機会が少なくなる。
翻って、AIの支援を受ける税理士について考えてみたい。
現在の税理士業務を大別すると、①記帳代行、②確定申告書作成、③月次経営指標の作成、④顧客の税務相談、⑤税務調査立会い、になる。このうち、税理士法で税理士独占業務として規定されているのは②と⑤のみであるが、中小企業や個人事業者を顧客に持つ多くの税理士が、その他の関連業務にも携わっている。
今後、企業業務のロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)が進み、これまで人が行っていた業務の多くがAIを装備した機械により自動化されていくにつれ、経理処理の自動化は真っ先に進み、上記の①や③の業務は、機械が自動的にまとめた数値とそれに基づくAIの経営判断を税理士の目線で再評価することが求められることになろう。逆に言えば、これまで経営に関する深い知見がなく、経営指標を提供するだけで良しとしていた税理士は、仕事を失うことになる。
また、税務処理である②の作業については、最新の改正税法と関連通達を踏まえた処理が、現在よりも的確に行われるようになるだろう。そうなると、④の顧客からの税務相談も従来のような税務処理のやり方に関する相談件数は減って、税を減らすための方策(タックス・プランニング)に関する質問が多くなると考えられる。また、⑤の税務調査の立会いに先駆けて、国税庁の税法解釈・適用を表明した通達が適正なものであるかどうかを税理士自身の視点で再評価した上で税務処理を行い、その趣旨を顧客に丁寧に説明し顧客の納得を得たり、必要に応じて国税調査官を相手に通達で示された解釈の是非について議論できる力量が問われることになる。
同じように国税庁も、税務調査の際にAIソフトと類似企業データや取引先情報等の参照情報を組み込んだパソコンを持参して、そこにデジタル化された納税者の会計情報を流すことで非違の可能性のある税務処理を抽出するようになることが予想される。それにより、税務調査期間の大半は、非違可能性案件の検討に費やすことが可能となる。
こうした変化を踏まえると、30年後にも税理士として生き残るためには、税法を基に通達の是非を判断する税法の解釈能力、顧客や国税調査官を相手に説明や議論を行うコミュニケーション能力、税務処理を経営の視点からもアドバイスできる高い見識などが、必要となると予想される。
予想に反して、その後1990年代にインターネットは爆発的に広がり、(誰もが簡単にサイト作成できるソフトが登場したこともあるが)個人も会社も洪水のように自らのサイトを立ち上げた。おかげで2021年の現在では、世界で無数のインターネットサイトがアップされていて、大抵のことはサイトを見れば間に合うくらいに便利なものとなっている。
このように、わずか30年前に、現在の状況を誰も予想できていなかった。そして30年前に現在の状況を予想できなかったということは、これから30年後の状況も現在では予想できないと考えておいた方が良いということになる。
この30年間のスマートフォンとインターネットの普及は、人々の生活様式を変えたが、現在は、次の変革期を迎えている。AIの登場である。
今後AIを含めたデジタル技術による変革(DX)が進むにつれ、30年後の世界がどのようなものになっているかは、現在では予想できないと考えた方が良いのは上述のとおりである。それを承知の上で、あえてAI普及後の世界を予想してみたい。
従来のソフトと異なるAIの特徴は、自己学習能力にあると言われている。従来のソフトが予めインプットされたアルゴリズムに従って作業を進めるのに対して、AIはコマンドがファジー(あいまい)な状況においても、過去の学習成果に基づいて自ら判断・作業することができる。従って、当該AIのソフトを書いたプログラマーですら、AIがどのように判断・行動するかを予想できない。とはいえ、AIが学習にするに際しての価値基準は、当該AIを書いたプログラマーが与えているはずである。例えば、「囲碁ソフトであれば、勝率の高い方の指手を選べ」とか、「自動運転ソフトであれば、人的損害を少なくする方の操作を選べ」というように。そしてAIのすごさは、人の記憶力をはるかに凌ぐ膨大な情報量を半永久的に保存し、かつ瞬時に参照する能力があることである。病気の診断であれば、何十万人に一人が罹患するような奇病で、人である医師ならば見過ごしてしまうような病気も症状を綜合的に判断してその可能性について指摘する。そのため、AIの支援を受けた医師は、従来よりも医師の診断技量・経験不足による誤診の機会が少なくなる。
翻って、AIの支援を受ける税理士について考えてみたい。
現在の税理士業務を大別すると、①記帳代行、②確定申告書作成、③月次経営指標の作成、④顧客の税務相談、⑤税務調査立会い、になる。このうち、税理士法で税理士独占業務として規定されているのは②と⑤のみであるが、中小企業や個人事業者を顧客に持つ多くの税理士が、その他の関連業務にも携わっている。
今後、企業業務のロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)が進み、これまで人が行っていた業務の多くがAIを装備した機械により自動化されていくにつれ、経理処理の自動化は真っ先に進み、上記の①や③の業務は、機械が自動的にまとめた数値とそれに基づくAIの経営判断を税理士の目線で再評価することが求められることになろう。逆に言えば、これまで経営に関する深い知見がなく、経営指標を提供するだけで良しとしていた税理士は、仕事を失うことになる。
また、税務処理である②の作業については、最新の改正税法と関連通達を踏まえた処理が、現在よりも的確に行われるようになるだろう。そうなると、④の顧客からの税務相談も従来のような税務処理のやり方に関する相談件数は減って、税を減らすための方策(タックス・プランニング)に関する質問が多くなると考えられる。また、⑤の税務調査の立会いに先駆けて、国税庁の税法解釈・適用を表明した通達が適正なものであるかどうかを税理士自身の視点で再評価した上で税務処理を行い、その趣旨を顧客に丁寧に説明し顧客の納得を得たり、必要に応じて国税調査官を相手に通達で示された解釈の是非について議論できる力量が問われることになる。
同じように国税庁も、税務調査の際にAIソフトと類似企業データや取引先情報等の参照情報を組み込んだパソコンを持参して、そこにデジタル化された納税者の会計情報を流すことで非違の可能性のある税務処理を抽出するようになることが予想される。それにより、税務調査期間の大半は、非違可能性案件の検討に費やすことが可能となる。
こうした変化を踏まえると、30年後にも税理士として生き残るためには、税法を基に通達の是非を判断する税法の解釈能力、顧客や国税調査官を相手に説明や議論を行うコミュニケーション能力、税務処理を経営の視点からもアドバイスできる高い見識などが、必要となると予想される。
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